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グループサウンズ末期の1969年、萩原健一氏(ザ・テンプターズ)と場内大合唱の女の子達の「涙のあとに微笑みを」 Live [ザ・テンプターズ]







当時の大人達はGSの何を恐れ、GSを目の敵にしていたのか?。それがよくわかる音源ではないか?と、管理人、個人的には思っております。

1967~68年、GSブーム最盛期から下降に一気に向かう!1969年後半、こちら人気絶頂だったザ・テンプターズ、同年4月に東京厚生年金会館大ホールで行われたコンサートを収録したアルバム「ザ・テンプターズ・オン・ステージ(1969年7月発売)。

松竹主演映画のタイトル曲でもある、「涙のあとに微笑みを」。

オリコン8位のヒット曲「純愛」のシングルB面とはいえ「涙のあとに微笑みを」も人気の高かった曲で、こちら作詞なかにし礼で、作曲は、70年代半ばから後半ユーミンブームを巻き起こすユーミンの師匠、村井邦彦氏。

で、この曲を、『教祖様』のショーケン、萩原健一氏が「それでは、皆さんと一緒に歌いたいと思います。歌ってくださいね」の後の満場場内の黄色い歓声の「はーい!」の声!!!。

曲名を紹介すると、再び満場の場内黄色い声で「きゃ〜!」。

更に!更に!『教祖様』ショーケンが歌いだすと、本当に!満場の場内!ショーケンと共に大合唱!まるで小中学校の朝礼、音楽の授業のようなソレ!なのですが、違うのは義務的ではない所と、途中、嬌声が入りそして!大嬌声の元、曲が終了するこの!大騒ぎ!、、、。

「GSは、当時のローティーンの若者達、特に女の子達にとって新興宗教だった」。これは管理人、私の口癖であります。

得体の知れない新興宗教だったから大人達は眉をしかめ懸念した。

GSはけっして「オレはよ〜」「おまえら」と言わない。皆「ボク」「ボクたち」「皆さん」の、言葉使いも、みーんな好青年。後のパンクのような危ない詞も、楽曲にない。

でも、大人達に徹底して!嫌われ弾圧されていた。何故なのか?、、、。

「新興宗教だったからさ」と、管理人は結論ずけております。

まあ、ある種、アメリカのフラワームーブメントのロックミュージシャン、フォークシンガーがそうだったのと似ており、ジュリー(沢田研二氏)もショーケン(萩原健一氏)も誰も彼も、唯のバンドマン、ミュージシャン、シンガーではなく『教祖様』であって、ただのアイドルとは違っていた。

この後の所謂「新御三家」とも「たのきんトリオ」他今の今迄、皆、アイドルではあるけど「新興宗教の教祖様ではない」、でもGSは違ってたと、独断と偏見にして恐縮、真剣に!思っております。
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コメント 2

showken-fun

ショーケンのファンです、こんにちは。

ああ、、、確かに・・・
俳優に焦点を移したショーケンに当時の信者の影はもう感じませんが、歌い続けるジュリーにはそれがまだ生きていることを感じます。

by showken-fun (2011-10-09 01:14) 

麻呂

showken-funさん 

賛同ありがとうございます。思いつくまま書いておりますので、恐縮です。ジュリー、やってますね。タイガース今、やってるのではないかしら?。素晴らしいです。
by 麻呂 (2011-10-09 20:39) 

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