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北国の青い空 雨の御堂筋 京都の恋/THE VENTURES - POPS in JAPAN [ザ・ヴェンチャーズ]









ザ・ヴェンチャーズはドン・ウイルソンと亡くなられたボブ・ボーグルの二人で結成されたのだから、ボブが亡くなっても、ドラマーのメル・テイラーが亡くなって、その御子息が代わりに参加していても、ドンが健在で演奏してさえいればザ・ヴェンチャーズと思います。

又、リードギターの日本中でエレキブームが巻き起こった時の主役、ノーキー・エドワーズ、そしてその後任でメンバーになった、彼がデラニー&ボニー脱退後、彼の代わりに参加したサポートギタリストが、かの!エリック・クラプトンだったジェリー・マギー(エルビス・プレスリー、モンキーズなど多数のレコーディングやセッション経験者)、元気に弾いてる限り、ザ・ヴェンチャーズは不滅!

空前のエレキブーム、GSブームが終焉しても、ザ・ヴェンチャーズはブーム最中の「二人の銀座」(和泉雅子&山内賢)を皮切りに、所謂「ヴェンチャーズ歌謡」、日本人に楽曲を提供するようになり、1970年、日本レコード大賞企画賞受賞曲の渚ゆう子さんの「京都の恋」含め、多くの楽曲を提供し、日本での人気を確固たるものにしておりました。

「雨の御堂筋」欧陽菲菲withザ・ベンチャーズ [ザ・ヴェンチャーズ]







エレキブームが去って、GSブームが終焉しても、ザ・ヴェンチャーズは「ヴェンチャーズ歌謡」で、どっこい日本でばりばりに!売れてた所が凄い所でございます。

2009年に結成50周年を迎え、日本で、2010年春の叙勲にて旭日小綬章を受章したザ・ヴェンチャーズ。老若男女問わず、日本全国、日本人にこれほど馴染みのある「外人」は、他にいないのではないでしょうか?。

観光ビザで来日し、1971年9月、こちらザ・ヴェンチャーズ作曲の『雨の御堂筋』を大ヒットさせた、台湾の欧陽菲菲と、ザ・ヴェンチャーズの、こちら競演ですね。台湾の欧陽菲菲、アメリカのザ・ヴェンチャーズ、国際色豊かな「ヴェンチャーズ歌謡」でございます。
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ヴェンチャーズ VS ハイパーランチャーズ キャラバン [ザ・ヴェンチャーズ]







ギターをかじって、ロックやこのへんやろうとした経験のある方ならわかると思いますが、このデューク・エリントンの、元々はジャズナンバーの「キャラバン」。とても難易度の高い曲でございます。

流石!若大将、加山雄三氏、お見事!ご立派でございます!。加山雄三氏は本当に!上手い!、、、。

ノーキー・エドワーズではないですが、ザ・ヴェンチャーズの、こちらジェリー・マギーも素晴らしい!。

侮れないのが今は亡き、ボブ・ボーグルのベースに、ドン・ウイルソンのリズムギター!。このお二人のバンドグルーヴを支える妙技がなければ、あそこまでヴェンチャーズは、誰からも愛される事はなかったのではないか?と思っております。いやー素晴らしい!。

こちらも今は亡きメル・テイラーと、ワイルドワンズの植田芳暁氏のドラム合戦、無茶苦茶カッコいいですね!、、、最高です。ザ・ヴェンチャーズ、何時のテイクを聴いても!、気分が高揚する名曲と思っております。
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バットマンBatman Theme/ザ・ベンチャーズ (The Ventures) [ザ・ヴェンチャーズ]









でたっ!、何でもやる!ザ・ヴェンチャーズ(笑)。

60年代当時、日本でも圧倒的人気を誇っていた外国ドラマ、「バットマン」と「0011ナポレオンソロ」の主題歌のスペシャル!カップリング、空前のエレキブームからGSブームへの橋渡しになった年、66年発売のご機嫌な!ザ・ヴェンチャーズのシングルレコード!。

ちなみに、、、

細野晴臣氏がプロデュースし1979年に発表、シーナ&ロケッツの大ヒットした!3枚目のアルバム「真空パック」冒頭1曲目は、「Batman Theme」なのを覚えてる古のロックキッズも多い筈。このアルバムをプロデュースした 細野晴臣氏は、ヴェンチャーズバージョンの「Batman Theme」が、年齢的に頭に鳴っていたのではないでしょうか?。「真空パック」は、ほぼ全体的にYMOと松武秀樹氏が参加しております。
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ザ・ヴェンチャーズのファンクラブに入っていたそうな、スティーリー・ダン、ドゥービー・ブラザースでお馴染み、ジェフ(スカンク)バクスターの、そのザ・ヴェンチャーズとの共演姿は、素晴らしい! [ザ・ヴェンチャーズ]









ザ・ヴェンチャーズのファンクラブに入っていたそうな、スティーリー・ダン、ドゥービー・ブラザースでお馴染み、ジェフ(スカンク)バクスターの、そのザ・ヴェンチャーズとスティールギターで競演してる、この嬉しそうな顔!。見てくださいませ♪。

「ヴェンチャーズなんて日本でしか人気がない」は、何処の誰が言い出したのか?未だに判明はしておりませんが、悪質なガゼ、デマであり、ヴェンチャーズが好き嫌いは個人の感覚、自由なれど、デマはいかんです。デマは。

近年のブライアン・セッツアーも得意にしてる、不朽の!名インストナンバー、こちら「スリープウォーク」は、1959年、Santo and Johnny というファリーナ兄弟が全米1位を獲得した名曲で、思えばザ・ヴェンチャーズが邦題「急がば廻れ」、ウォークドントランが、ビルボードチャート全米2位を記録したのがその翌年、1960年ですから、50sのR&Rブームが一段落した後、LA発のサーフロックブームしかり、案外、インストルメンタルの曲が当時、米国では流行ってたようですが、映画「アメリカングラフィティ」は、若きフランシス・F・コッポラとジョージ・ルーカスの傑作ですし、BGMも、洋楽を日本語詞で歌う、所謂「和製ポップス」で紹介されヒットしていたソレと違う、もっと、R&B、ドゥワップ、R&R色濃いコアな選曲で、文句はないのですが、このへんのサーフロックがビーチボーイズだけで、エレキインスト曲がなかったのが、ちょっと管理人は私的には寂しい思いがあります。

コッポラとルーカスは、あまりインストのサーフロックは好きではなかったのかもですね。逆に「パルプフィクション」で名声を得たタランティーノは、音源にヴェンチャーズも使ってますし、OPテーマは元祖!サーフロック、本物のサーファーでもあるディック・デイルの「ミザルー」でしたし、エレキインストが大好きなのかも知れないですね。

まあ、アメリカ人も人それぞれ、好みは十人十色という事で、、、。
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スティーリー・ダン、ドゥービー・ブラザースでお馴染み、ジェフ(スカンク)バクスターが、若き頃、ザ・ヴェンチャーズのファンクラブに入っていた。レッツ・ゴー/The Ventures [ザ・ヴェンチャーズ]









ネガティヴ情報キャンペーンに極めて弱い!、管理人世代のオツムの弱いコ達が(笑)、九官鳥のオウム返しでよく口真似してましたけど(親爺になった今も言ってるかな?)、「ヴェンチャーズなんて、日本だけでしか人気ないのさ」なんて、そういうオツムの弱いコ達に悪影響を与えるガセネタを、最初に言い出した奴って誰なんでしょうね?。真剣に探し出したいんですけど(笑)。

こちら、日本でそんな事言われだし数年経由してた頃、米国LAでの81年のライヴ映像のようですが、もの凄い!盛り上がりではないですか!。

スティーリー・ダン、ドゥービー・ブラザースでお馴染み、ジェフ(スカンク)バクスターが、若き頃、ザ・ヴェンチャーズのファンクラブに入っていたのはファンの間では有名な話しで、ザ・ビートルズのジョージ・ハリスンも、英国のエレキインストバンドより「アメリカ、ヴェンチャーズ」の影響を以前、インタビューで述べてましたが、いやはや、たいへんな盛り上がり、今は亡きメル・テイラーとボヴ・ボーグル在籍時代の、素晴らしい映像ですね〜。

ザ・ヴェンチャーズは気持ちが上がる、乗りの良い曲が多いですが、特にこちら1962年米国チャートをかけあがったヒット曲、オリジナルはザ・ルーターズの「レッツゴー」は、何時聴いても!幾つになっても!上がりますね〜。名曲、名演でございます。

60年代のキーワードは末期のモーレツ、ハレンチ、アングラの前は 「レッツゴー」「レッツらゴー」(笑)。


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1960年、ザ・ヴェチャーズが全米NO2位を記録した、Walk Don't Run (急がば廻れ) なれど、日本でヒットしたのは1965年のエレキブームでだった [ザ・ヴェンチャーズ]









昼に建築業、夜はクラブ出演。地道に生活費を稼ぎ、クラブで音楽人脈を作る、何処の国にもありがちな、若きザ・ヴェンチャーズの日常を変えたのが、このデビュー第二弾シングル。邦題「急がば廻れ」ウォーク・ドント・ランが、1960年、全米ビルボード2位をマークしたのがきっかけ。

ザ・ビートルズのジョージも、未だビートルズ公式デビュー前の、この時期のザ・ヴェンチャーズからの影響を後年述べておりますし、スティーリーダン、ドゥビーブラザースでお馴染み、ジェフ・バクスターはザ・ヴェンチャーズのファンクラブに入っていたそうで、案外、ミュージッシャンでザ・ヴェンチャーズの影響を述べる人は多く、御子息リオン・テイラーが今は後任ドラマーになっておりますが、メル・テイラー突然の他界後のツアーは、「マイシャローナ」でお馴染み、ナックのブルース・ゲイリーがツアーでドラムを担当してます。

ギターはモズライトではなく、フェンダー。この!大有名な!メロディのリードギターは、この後ベースにまわるボブ・ボーグルの演奏であり、名手!ノーキー・エドワーズはベースでゲスト参加。ドラマーも未だメルではないです。

ザ・ヴェンチャーズはリズムギターの名手!ドン・ウイルソン(リーダー)とボブ・ボーグルの2人で結成されたバンドなので、2009年、ボブが他界した時、解散するかな?と管理人は思ったのですが、2011年現在、78才のドンさん、未だ未だ!元気にザ・ヴェンチャーズを続けておりますね。素晴らしい!。

↓ザ・ヴェンチャーズのアルバムジャケットのセンスも、管理人は大好きです!。

ノック・ミー・アウト(紙ジャケット仕様)


Walk Don't Run


ザ・ヴェンチャーズがアメリカのヒットチャートで活躍するのは、主に60年代初頭から半ばなのですが、日本ではあまりリアル60年代前半は、ザ・ヴェンチャーズの名前は未だ聞こえてこず、加山雄三氏など一部のマニアックなコアなファン達だけが支持していたそうで、65年の「エレキの夏」、空前のエレキブームを日本で巻き起こしたザ・ヴェンチャーズが、既にアメリカのサーフロックブームは沈静化しつつあり、英国のザ・ビートルズがアメリカで大旋風を巻き起こしてた時期、日本で大歓迎、大声援を受け、これからはアメリカではなく日本をビジネスの中心にしようと考えたのは、大正解だったでしょう。

サーフロック、エレキインストブームがアメリカで沈静化したからと言って、バンド解散して、又、建築現場に戻るよりも、その方がミュージッシャンとして得策なのは、誰が考えてもわかる事ですね。

ドンもボブも20代後半になって、このWalk Don't Run (急がば廻れ)の大ヒットをアメリカで記録し、日本でエレキブームを巻き起こした65年には既に三十路も越えていた、立派な大人の男だったのが、なんとなくザ・ヴェンチャーズは、ありがちな日本や大ヒットに浮ついた雰囲気も事件もなく、はしゃいだ雰囲気も常にない、とてもクールで聡明な、アメリカン「ジェントルマン」に、管理人が感じる理由かもしれませんね。

ちなみにこの Walk Don't Run (急がば廻れ) もキャラバン同様、元はジャズナンバーでございます。ザ・ヴェンチャーズのアレンジセンス、ジャズでも映画音楽でもクラシックでもサーフロックでも、何でも自分達の音、ザ・ヴェンチャーズサウンドにしてしまう所が、彼等の最大の魅力だと、管理人は思っております。


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1965年のエレキブームの最中、日本のギターキッズが度肝をぬき、脱帽、挫折した曲 The Ventures - Caravan [ザ・ヴェンチャーズ]









1965年のエレキブームの最中、多くの日本のギターキッズが度肝をぬき、脱帽、挫折した曲が、こちら「キャラバン」。元々はアコースティック楽器でやっていたデューク・エリントンのジャズナンバーを、ヴェンチャーズはドラムと、エレキベース+エレキギター×2の、当時はテクノ、4人の「電気楽器隊」でリメイクしました。

間奏のドラムとベースになる所の映像、踊る女性達が挿入されてますが、やっぱり、エレキバンドと踊るオネーチャンは1セット。ここを忘れては駄目です(笑)。これがないと、面白くない。

あちらの映像なのでしょうが、表記通り65年だとすれば、65年の「エレキの夏」、当時の日本ツアーと同じ衣装で、フェンダーではなくモズライトを使ってるのは貴重な資料だと思います。

キャラバンの何が難しいって、アメリカンのC&W奏法が、ふんだんに導入されている所で、アメリカ人のノーキーには、みての通り、楽勝でフレットみないで弾いてたりするわけですが、これはかなり難しいです。ドン・ウイルソンのリズムギターも、リズム、グルーヴだして弾くの、案外、難しいよって(笑)。

基本的に「エレキ」は、60年代初頭の西海岸のサーフロック、タランティーノ監督が「パルプフィクション」で、ご機嫌なOPの使い方をした、本物のサーファーでもある、ディック・デイルの「ミザルー」とか、あのへんが発端なわけですが、ザ・ヴェンチャーズは、サーフロックだけではなく、ジャズやクラシック、映画音楽等、幅広い楽曲をカバーし、それを全て「ヴェンチャーズサウンド」にしてるのが、凄い所。

で、結局「サーフィン」て、当時の日本ではジルバやマンボ、ツイスト、和製リズム、ドドンパに続く、流行のリズムの事をさしていたわけで、あまりきちんと「サーフロック」という研究も検証もされておらず、そもそも「ロック」という言葉も殆ど語られる事もなかった時代ですから、「サーフロック」という言葉は、当時の日本ではなかったのではないか?と、管理人は思ってる次第。

勿論,サーフィンというスポーツの認識はありましたが。

そしてヴェンチャーズのサーフロックの部分は、ほんの一断面であり、その全貌はサーフロックなんて1ジャンルだけで括れない、ものすごーく!奥の深いソレだった所が、根は生真面目で研究心旺盛な、けっして一過性の流行に何でも流される多くの日本人とは違う、今も昔も少数は必ずいる、当時の日本のコアな若者に、支持研究されたのでしょう。


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日本国民ではないけれど、ザ・ヴェンチャーズは国民栄誉賞ものだと思うなー。The Ventures - pipeline [ザ・ヴェンチャーズ]









私的には、この曲は当時の日本の若者達には、大事件だったのではないか?と思っております。私的には日本国民ではないですが、ヴェンチャーズは国民栄誉賞ものバンドだと思っております。

で、pipeline パイプラインのオリジナルは、実はヴェンチャーズではなく、ザ・シャンティーズで1963年5月、彼等が全米4位の大ヒットにパイプラインをしてます。ちなみに日本の坂本九氏の「上を向いて歩こう」、あちらでの曲名「スキヤキ」は、その翌月、1963年6月に全米1位を記録してます。

サーフロックにスキヤキブーム、そして翌年1964年の東京オリンピック開催に向って盛り上がる日本人の目に飛び込んできた衝撃映像が、11月のアメリカ大統領、ケネディ暗殺。

ザ・ビートルズが英国バンド史上初!の全米1位を、「抱きしめたい」で記録するのが1964年。サーフロック、スキヤキブームから、この後、日本でも盛り上がる(それがGSヴームになった)英国バンド、ブリティッシュロックムーブメントの時代が、やってくるわけですが、日本で「パイプライン」が大注目を集めるのは、「エレキの夏」1965年のザ・ヴェンチャーズによる空前のエレキブームが巻き起こった、そのカバーでの事。

冒頭の♪デンデケデケデケデケ テケテケテケ

と!脅かしておいて!、主旋律に入る前に、少し音が小さくなる所が!日本人の琴線に触れるわけで(笑)、サビのソレも、モロに!日本人好みのコード進行&分散和音であり、リズムギターが後のハードロック、ヘビーメタル的な奏法で盛り上げ方をし、そして!ドラムが鐘だけになる所が、又!涙でるぐらい!せつない、、、。



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1965年エレキの夏、ザ・ヴェンチャーズの「10番街の殺人」のカッコよさ。THE VENTURES - Slaughter On Tenth Avenue (10番街の殺人) [ザ・ヴェンチャーズ]









1959年結成。ロック殿堂入りも果たしたザ・ヴェンチャーズ。当時日本中にエレキブームを巻き起こしたメンバーは、メル・テイラー、ボブ・ボーグルの二人が死去、今やリズムギターのドン・ウイルソンしかいなくなってしまいましたが、ザ・ヴェンチャーズは今も現役ばりばりの、エレキバンド。

東京五輪の翌年、1965年、アストロノウツなどとのパッケージツアーの、2度目の来日で大ブームを日本中で巻き起こしたザ・ヴェンチャーズ。アメリカでのチャート人気は、60年からこの頃までが頂点で、緩やかにヒットチャートバンドとしては、60年代後半の「ハワイファイブオー」のヒットを最後に終焉を迎えたわけですから、この日本での空前のエレキブームの大反響!、仕事(ライブ)の拠点を、これからは日本におこうと、ヴェンチャーズが考えたのは正しかったと、今更ながら思います。

当時の日本人感覚なら、アメリカ人、それも白人のミュージシャンだったら、国賓並みの待遇をしてくれたでしょうし(笑)。

元々は映画音楽の、聴いた事のある方は御承知の通り、全く!原曲とは異なるアレンジの、 Slaughter On Tenth Avenue (10番街の殺人)。楽勝に前をみながら弾いてるリードギター担当のノーキー・エドワーズ、もの凄いテクニシャンでございます。



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